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#20 仕事をやめたいと思ったときのすゝめ
こんにちは! ご無沙汰しております♪
セールスアシスト事業部セールスソリューション営業部の長島です!
『「営業をやめたい」と思ったあなたへ。』という、何ともセイヤクPRESSらしからぬタイトルと題材で筆を執った1月──同期や所属PJの同僚含む、多くの社員の皆様からの反響が届いており、嬉しい限りでございます……!
(前回記事はこちら→→→#18「営業をやめたい」と思ったあなたへ。|記事一覧|BIG SMILE|ウィルグループ 社内報)
いかにも苦労人面して仕事観を語るには些か至らない僕ですが、経験談をベースに営業という困難な役割に向き合う姿勢や「セイヤク」ブランドにおける自らの役割を再確認するという意味で、応援や共感の声をいただけたことは大変励みになりました。内心、ただの自己満足で終わってしまうのではないかとヒヤヒヤしていました(笑)。
閑話休題。モチベーションが高まったところで急遽、続編のような形で執筆いたしましたのが今回の記事になります。
第一章:「仕事をやめたい」と感じる瞬間(トキ)
突然ですが、この記事をお読みの皆様はこうお考えになったことがありませんか。
──もー仕事やめたい!!!
もはや定番の掴みとなってきましたね(笑)。
前回の「営業やめたい」というテーマに引き続き、何故このようなネガティブワードを先頭に立たせるかというと。それはきっと、人間社会を生きとし生ける誰もが通る道の過程に落ちている石ころのように、他愛なく普遍的な感情だからなのです。当然、この僕も思ったことがあります。それも一度や二度ではなく……。
PJの移動やFA制度による3次元的なジョブチェンジが推進されているウィルオブ・ワークでは、魅力的な選択肢が数多く用意されているというポジティブな理由からも、そう考えてしまう機会は多いかもしれません。
では、何故そう考えてしまうのか。その原因を深く考察してみた経験のある方はいらっしゃいますか。今度はおよそ、そう多くはないはずです。
何故なら「仕事やめたい」という気持ちは、活火山の噴火にも似た何らかの自然発生的なエネルギーによって押し出された衝動的な感情の発露であり、結局は「やめたところで何をしたいわけでもない」「収入がなくなってしまえば生活が立ち行かなくなる」「守るべき家族がいるからそう簡単に決断できない」等々、理性的かつ現実的な思考の五月雨によって冷え固められてしまうからです。さながら、せっかく見ていた良い夢も時間とともに、内容を確かに覚えていないあの現象と似ていますよね。
とはいえ、一時でもそう考えてしまうような悪しき衝動の原因を探らないことには、夢見が悪いままです。次の章では、あなたが感じた(あるいはこれから感じてしまうであろう)「仕事やめたい」という衝動の正体に迫っていきましょう。
第二章:ディスコミュニケーション
と、異様な推理力を発揮して怪事件を幾度と解決に導いてしまう昼ドラ探偵よろしく、ズバリ犯人を言い当てて見せましょうと豪語したわけですが、結論として「正確には分かりません」(笑)。
「仕事をやめたい」に理由(ワケ)なんてない?
では、「仕事をやめたい」というのは抗いようのない自然現象であって、特筆すべき理由などないのでしょうか。
確かに、そう感じる原因は千差万別、複雑多岐にわたりますし、貴方の置かれる状況によっても当然変わってくるでしょう。なればこそ、ここはもう少しマクロな視点から考えてみることにします。人それぞれ異なる悩みの種が何かを知ることはできなくとも、必ずヒントとなる「共通項」があるはずなのです。
例えば「自分の貢献力を買ってくれていた上司からきつく叱られ、能力を疑われてしまった」「戦友だったはずの同期・同僚と、社内での地位や業務内容がどんどんかけ離れていってしまう」「新しくできた部下や後輩などから、いまいちリスペクトを感じられていない」等々の悩みがあったとします。これらの悩みを因数分解したときに出てくる共通項とは何でしょうか。
コミュニケーションの難しさ
僕は所謂「ディスコミュニケーション」──すなわち、当事者同士の誤解や情報伝達のミスが真っ先に思いつきました。これは決して、誰にでも漠然と当てはまるような事実を提示して信用を得ようとするインチキ占い師のような推理手法ではありません。しっかりとした根拠があります。
上司からの叱責──それは多くの場合、貴方のミスを改善に導きながら再発防止させることで、貴方が最大限パワーを発揮できるようガードレールを敷いてくれているという見方もできます。そう考えれば上司への印象も大きく変わりますが、その意図が十分に伝わっていなければ、得も言われぬわだかまりとして今後の上下関係を難しくしてしまいますね。
同期・同僚との疎遠──それは単純に近況を伝える機会が失われていくことで、互いがどのような状況で業務にあたり、何を目指しているのかといった共通の目的意識や共同体としての連帯感などが希薄化し、また話しかけたり連絡したりといった行動が取りづらくなるという悪循環を招きかねません。
部下・後輩からの人望──僕はこのウィルオブ・ワークで部下や後輩を持ったことがないので経験や憶測も交えながらになりますが、人からどう思われているのか、どのように評価されているのかなど、直接聞いてみないことには分かりようがなく、また聞き方によっても正確な回答を得られるかどうかが変わってきます。「怒らないから素直に話してみなよ」と言われて正直な気持ちを吐露したら、結局嫌な顔をされたとか、そういう経験ありますよね(笑)。
ここで列挙したいくつかの例にとどまらず、仕事におけるトラブル──ひいては「仕事やめたい」という感情に結びつく原因となるハプニングには大抵、当事者同士のすれ違いが潜んでいるのだろうというのが本稿の前提です。そうした仮説を念頭に置きつつ、次章では筆者の考えるディスコミュニケーションの3類型を紹介します。
第三章:あなたのタイプと私のタイプ
ここからは発生するディスコミュニケーションを3つの類型に分けて考えていきます。読者の皆様も、それぞれ自分がどちらに当てはまるのか(どちらかというとでもOK)想像しながら読んでみてください。
「たった一言、されど一言」──言葉の過不足型
まずひとつ目は「一言多い(言い過ぎ)or言葉足らず(言わなさ過ぎ)」です。
これは解説しなくても皆様お察しの通りでしょう。既に発した言葉の数々で相手は十分話の内容を理解してくれただろうに、いらぬ一言を添えたせいで意味もなく傷つけてしまったとか。一方で、勝手に相手が理解してくれた気になって話を進め、置き去りにされていた相手はその実何も理解してなかったとか。そういう経験、ございませんか。
僕はおそらく一言多めのタイプです(笑)。およそ無意識に意図せず誰かの地雷を踏みぬくタイプかと思いますので、迷った時には「雄弁は銀、沈黙は金」という格言を胸に抱いて口を噤む努力をしています……。
「分かったフリは一方通行」──表面情報依存型
続いてふたつ目は「表面的な情報からの決めつけ(相手への先入観)or第三者からの評価の思いこみ(自分への固定観念)」です。
これは近年、世界的に流行しているMBTI診断などが好例でしょう。個々人の特性をタイプごとに分類するというのは、職場における適材適所や円滑な人間関係の形成において有効な場面もあります。他方、特定の分野にカテゴライズされた個人をその断片的な情報だけで決めつけて「○○の人は頑固なタイプだから話しても無駄」とか「××の人は何でも受け入れてくれるから寄りかかっちゃえ」とかいう一方的な偏見に基づくコミュニケーションは、まずうまくいかないでしょう。外見や印象といった上辺だけの情報で判断し、接し方を変えるなどは、こと業務上のコミュニケーションにおいては以ての外です。
電車に乗っていたり、街を歩いていたりすると、ふと誰かの視線を感じる時がありますね。視線の主は、せいぜい今日の夕飯の献立にしか興味がないかもしれません。しかし、その時皆さんは「あの人、なんでこっちを見ているの」と気になったが最後、忘れることができなくなった経験はありませんか。多くの場合、これも立派な思いこみです。
同じ現象は日々の業務においても顕在化します。売上の進捗報告をするミーティングなどで、優秀なメンバーとその他のメンバーをバイネームで報告するリーダーは、単なる定期連絡の一環として発言しているに過ぎず、他意はないかもしれません。とはいえ、名指しを受けた後者のメンバーはリーダーの真意を測ろうとした結果「自分の働きを暗に揶揄しているのかもしれない」と一度思いこんでしまえば、その思考を振り切るのは中々難しいでしょう。
僕はどちらかというと他者に対して決めつけがちなタイプですね。「どうせ」とか「やっぱり」とかいうネガティブな言葉で誰かを呪い、巡りめぐって自分が損をする。そうならないよう、色眼鏡に気づいたときには必ず叩き割るようにしています。
「その一瞬が命取り」──集中・注意力の欠如型
そしてみっつ目がややこしいです。「シングルタスク型(ひとつのことにしか集中できない)orマルチタスク型(所謂『ながら』が得意なタイプ)」と僕は定義しています。
マルチタスク型とは、所謂『ながら』ができる人で、例えばPCで作業しながら誰かと会話をしても聞き漏らさないとか、手隙にやり取りしたチャットの記録をしっかり覚えているとか、そういう器用なタイプです。シングルタスク型はその逆──しっかりと集中して会話ややり取りに臨まないと、うっかり聞き漏らしたり記憶に齟齬が生じたりなど、後から「ごめんもう一回言ってもらってもいい?」と頭を下げる羽目になる損なタイプです。
僕は残念ながら、明確にシングルタスク型です。言い訳をするつもりではないのですが、ADHDと長年の付き合いである僕は会話や読書に代表されるような、本来強く集中しなければならないインプットのタイミングがとても苦手です。
例えば、オフィスの休憩所でばったり会った友人との会話を想定してください。温かいコーヒーでほっと一息、友人が話し出す冒頭で「今日は雨が降るみたいだね」と言ったとします。そのまま相手は話を続けますが、僕のような人間の脳内では「雨が降る→傘持ってたっけ→忘れてた→忘れ物といえば洗濯物干したかな→干してたけど外に出してしまった→きちんと取りこんだか覚えてない」などと、マジカルバナナよろしく連想ゲームを開催します。
するとどうでしょう。その一瞬の間に友人は話を一段落させて、手前のティーカップに口をつけているでありませんか。そのような悪癖と日夜戦いを繰り広げている僕には、とても「ながら」でコミュニケーションを取るという器用なことはできません……。
では、マルチタスク型に何ら問題がないかというと、そういうわけでもないのです。
実は、我々人間の脳というのは本来、複数の物事を同時に処理する機能を備えておらず、所謂「マルチタスク」とは同時並行的にタスクを熟しているのではなく、断続的にタスクを切り替え続けているだけに過ぎない(=タスクスイッチング)という定説があり、相手のノンバーバル情報を拾い逃したり、態度や伝え方から嫌悪感を抱かれたりする恐れがあるという致命的な懸念があることは、無視してはなりません。
第四章:“仕事における悪例”
さて、皆様それぞれ自分はどちらのタイプだろうかと思案されたかと思います。自分は明確にこういうタイプだと確信された方もいれば、コミュニケーションのスタイルなんて場面や立場によって移りゆくものなのだから、白黒はっきりできないよと僕の提起した考えに疑問を呈した方もいるはずです。
とはいえ、いずれの方もまずは上述したディスコミュニケーションの3類型によって、具体的にどのような問題が惹起されるのか──ひいては「仕事やめたい」という感情が沸き上がるのか、想像してみてください。
業務上、想定されるコミュニケーションの代表例はホウレンソウ(報告・連絡・相談)の場面ですよね。では、身の回りの仕事仲間に何かを報告するときを想定してみてください。つい一言多くなってしまうタイプの貴方は「この人話が長いなあ」と思われていないでしょうか。その結果、誰かの時間と集中力を過度に消費してしまっているのでは。
自分を言葉足らずと思われる方は如何ですか。業務上の報告において、言葉足らずは「報告漏れ」と厳しく評されることでしょう。そうなっては自分が不利な立場に置かれてしまいますね。
話し手目線での事例でしたが、今度は聞き手目線で考えてみましょう。職場仲間から相談を持ち掛けられたとします。「この人はいつも何気ない事で相談してくるから、今回も大したことないだろう」という先入観が邪魔をしてはいませんか。「自分なんて特別な能力もなく、他にもっと相談を受けるのに適任がいるはずだ」という己への固定観念が災いして、真摯に向き合えなかったことはありませんか。そのようなことはありません。その相談者はきっと、他でもない貴方だから勇気を出して相談したのです。
本当はシングルタスク型かもしれないのに、自分はマルチタスクができると過信して対話を疎かにしてしまったというのはどうでしょう。はたまた、シングルタスクだと分かっていても、仕事が忙しいからと会議中に事務作業や社外業務をこっそりしてしまってはいませんか。シングルタスク型にしろ、マルチタスク型にしろ、当事者同士で交わしたやり取りはなるべく詳細に記憶(あるいは記録)にとどめておくことが誠実だろうと僕は思います。そうでないと、必要に応じて相手に何度も同じ話を繰り返させることになりかねませんし、最悪の場合、後々「言った、言わない」の水掛け論に派生して収拾がつかなくなることもあります。
そもそも、もっと単純に、コミュニケーションの総量が不足しているということも考えられます。尊敬する上司、大事にしたい職場仲間、手塩にかけて育ててやりたい部下や後輩など、彼らは今も貴方の何気ない一言を待っているかもしれません。
おわりに:人と人との向き合い方
偉そうなご高説に聞こえてしまったかもしれませんが、前回の記事と同じく、ここで書かれているのは筆者の実体験ありきです。文中述べたように「仕事をやめたい」と感じさせる理由は人によりけりで、単一的なものではないでしょう。とはいえ、その中の要素としてやはり大きいのはディスコミュニケーションであろうというのが本稿の出発点です。
前回語った、僕の前職の離職理由も今思い返すとそこにあったと感じます。逆に、職場の人間関係が充実していて、円滑なコミュニケーションが取れてさえいればある程度の逆境は跳ね返せると信じているのです。
もし今のあなたが漠然と「仕事がつらい」「やめてしまいたい」と考えているのだとしたら、まずは明日からの対人関係において、これまで数多く挙げてきた対話のミスマッチや人それぞれの在り方に目を向け、自らの言動を見直してみるというのも、悪くないかもしれません。
繰り返しになりますが、ディスコミュニケーションは貴方に仕事をやめさせたくする病魔の種であるのかもしれません。処方箋として、この記事をお守り代わりにしてくれると大変うれしく思います。
