
【夢支援】有明の雨に消えぬ「代表」の足跡─ THE DUALIST ─
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お疲れ様です。
採用戦略部の中元寺です!
本記事─ THE DUALIST ─待望の第三弾になります!
今回フォーカスするのは、ウィルオブ・ワーク ライフケア事業部の岡村 公司さん。
「夢支援制度」の支援対象者で、『ピックルボールで海外トーナメント優勝』に挑みます!
過去の連載企画もまだの方はぜひ、ご覧ください🏖

有明に落ちた、あまりに静かな雨
2025年12月14日。
有明テニスの森公園を包んだのは、歓喜の咆哮でも、乾いた打球音でもなかった。
アスファルトを濡らす、冷たく、そしてあまりに静かな雨の音だった。
日本最大のピックルボール国際大会「APG2025(ASIA PICKLEBALL GAME)」。
そのコートには、日の丸を背負った50歳以上の精鋭たちが立つはずだった。
その中の一人、岡村公司は、午前9時の「中止」の報を、ただ呆然と受け止めるしかなかった。
「雨天中止なんて、想像もしていませんでした。月曜日に代替開催があるはずだと、どこかで信じていたんです」
予報では午後から晴れるはずだった。無理をしてでもやるだろう。
そう自分に言い聞かせ、研ぎ澄ませてきた神経のやり場を失った。
そこには、ただ「やらない」という現実だけが横たわっていた。
股関節の痛みに耐えながら薬を飲み続けた日々、そして掴み取った「日本代表」という称号。
それらすべてをぶつけるはずだった舞台は、雨粒の中に溶けて消えた。
しかし、岡村の表情に悲壮感はない。
インタビュアーを見つめるその瞳は、すでに海を越え、次なる戦地を見据えている。
地図なき砂漠での行軍
物語は、混迷から始まった。
2025年シーズン。ピックルボール界は、まだ「未完」の組織体の中にあった。
国内にはJPAとPJFという二つの団体が並立し、日本代表の選考基準は深い霧に包まれていた。
「どうすれば選ばれるのかが分からない。それが当たり前のスタートラインでした」
岡村は当時をそう振り返る。何をすれば正解か分からない不確実な状況。
普通なら足が止まるところだが、彼は逆にこう思考を切り替えた。
「基準がないのなら、誰が見ても『選ばないとおかしい』という圧倒的な結果を出すしかない」

そして出場する大会で、とにかくタイトルを積み重ねる岡村。
9月に予定されていたJPAの代表選考。そこには50歳以上のカテゴリーがあるかさえ不透明だった。
しかし、岡村は迷わず「出まくる」ことを選んだ。
可能性が1%でもあるなら、そのすべてを自らのパドルで手繰り寄せる。
結果として、JPAでの選考は見送られた。だが、失意に浸る暇はない。
12月の有明、PJFが主催するアジア大会の代表枠がある。彼はターゲットを即座に再設定した。
不確実性を嘆かない。ルールが見えないなら、結果で輪郭を描く。
この切り替えの速さが、彼のエネルギーの正体だった。
福岡で見出した「勝負のサーフェス」
目標を定めた岡村が、2025年前半の最大目標に据えたのが「PPA TOUR ASIA FUKUOKA OPEN」だった。
PPAは世界最高峰と呼ばれるトーナメントの系譜。そのアジア版が日本に初上陸するという事実は、彼を熱くさせた。
「日本で行っている大会とは、格が違いすぎる。世界(海外)を目指したいって感じている中で、目標にするのは必然。迷うことなく、もうこれしかない」
ここで岡村は、ある大胆な「選択」をする。
日本のピックルボールの多くは体育館で行われる。
しかし、世界基準はアウトドア。福岡大会では体育館の中に特殊な「コートマット」を敷くという変則的な環境だった。
「体育館を捨て、アウトドアの練習に特化しました」


コートマットは、体育館より速く、外よりは遅い。ブレーキがかかるが、ボールは走る。
彼はこの「不確実なサーフェス」こそが、自分のコントロール重視のプレースタイルに合致すると直感した。
8月の酷暑の中、大会の連戦でボロボロになった身体。7月から続く股関節の痛み。
それでも彼は、マットの摩擦係数を想像し、ボールの軌道を頭と身体に刻み続けた。
そして迎えた福岡での大一番。
岡村は男子ダブルスで見事に優勝を飾る。

「やってきたことを出せればいい勝負ができる。海外の選手はプレースタイルが違うが、自分がやることは一緒なので、それさえやれれば戦えるという自信があった」
「自信はありましたが、やったことのない海外選手が相手。それでも、自分のやるべきことを貫けば戦える。それが確信に変わった瞬間でした」
「代表」という名の責任と、消えた舞台
福岡での優勝は、不透明だった代表への道を一気に切り拓いた。
周囲からは「岡村さんは確定だろう」という声が漏れ聞こえ、本人も「これでいける」と手応えを感じていた。
そして届いた、日本代表選出の報。
「やった!というより、ホッとしたのが本音です。股関節の痛みに耐え、薬を飲みながらやってきた。その時間が報われた気がしました」
だが、日の丸の重みを噛み締める間もなく、冒頭の「有明の中止」が彼を襲う。
海外選手たちが「悪夢だ」と嘆き、台湾の協会関係者が「信じられない」と天を仰ぐ中、
岡村は一人、静かに思考を整理していた。
「負けて中止になったわけじゃない。日本代表という肩書きは一生残る。ならば、この残念さを薄める方法は一つしかない。もっと高いレベルで、もっと強い相手と戦い、勝つこと。それには海外のトーナメントに行かないと叶わない。参戦して結果を出したい。」
彼は、中止を「悲劇」ではなく、さらなる高みへ向かうための「リセット」だと定義した。
日本代表はゴールではない。
シニアカテゴリーのトップ層、世界のTOP OF TOPと渡り合うための「ゲート」に過ぎなかったのだ。

二つの「現場」を生きる、自律の美学
岡村公司という男を形作るのは、コート上の顔だけではない。
ウィルオブ・ワークのライフケア事業部で、営業・コーディネーターとして働く日々。
そこには、競技生活と表裏一体の哲学がある。
「仕事があるから、競技ができる。アマチュアですから、家庭と仕事を守るのが先。その土台があるからこそ、土日の休みに全力でパドルを振れるんです」
ウィルグループの「夢支援制度」は、彼にとって単なる金銭的援助以上の意味を持つ。
「仲間や上司が、挑戦することを当たり前に応援してくれる。その“空気”があるから、50代になっても迷わず前に進める。これには感謝しかない。仕事でKPIを立て、プロセスを完遂するビジネスマンとしての力は、スポーツで勝つための思考そのものです」

大好評に終わり、次回は拠点全体に対象を拡大しての実施を検討しているという。
“仲間を信じて挑戦する空気”がここにはある。
仕事仲間とピックルボールを楽しむことは、岡村にとって念願でもあった。
「本当に楽しそうにしてくれた。やってよかった。またやりたい。知ってほしい。一人でも続けてくれたら嬉しい」
同僚たちの笑顔を見て心から思った。仕事が人生の土台として機能し、その上に競技という花が咲く。
まさにウィルグループが掲げる「Well-being」の体現者だ。
競技は個人の夢で終わらない。
職場の関係性を、前向きに変える媒介にもなる。
クアラルンプールへ、物語は続く。

「10年前の自分が見たら、『素晴らしい50代を過ごしているね』と言ってくれるはずです」
岡村は笑う。シニアプロとしてトップを目指せるのは、あと2~3年、年齢の限界も理解しているという。
だからこそ、一分一秒を惜しむように挑戦を続ける。
「TOP層を目指せるうちは、やれることすべてをやって挑戦します。その後は趣味として続けます」
次なる舞台は2026年2月、マレーシアで開催される「APP KUALA LUMPUR OPEN」。
アジア初開催のAPPトーナメントだ。
岡村は男子ダブルス・シニアプロカテゴリーに出場する。
有明で流せなかった汗、見せられなかった日の丸の誇り。
そのすべてを携えて、彼は飛行機に飛び乗る。
「過去は引きずらない。自分がやりたいこと、目標に向けて前を向いて進むだけです」
雨は上がった。
彼の火は燃ゆる。
インタビューの最後に、少しだけ未来の芽を残した。
「まだ漠然とですけど、ピックルボール関連のビジネスを、ウィルグループで立ち上げてみたい想いもある」
目標を定め、結果で道を切り拓き、過去を引きずらずに前を向く。
それは競技の話であると同時に、働く人の物語でもある。
岡村公司のピックルボール・ジャーニーは、ここからが真の本番だ。
─── 編集後記 ───
インタビューで胸を打たれたのは、岡村さんが持つ『不確実性を手なずける力』です。
選考基準すら曖昧な環境下で、「基準がない」と嘆くのではなく、「圧倒的な結果で基準を自分にさせる」という能動的な道を選びました。有明の中止という不条理に見舞われても視線が折れなかったのは、彼が「代表」という看板以上に、「自らの限界に挑むこと」そのものに価値をおいていたからに他なりません。
仕事という土台を固め、その上で自律的に夢を追う。働き方と生き方がリンクしたその姿は、我々が目指すWell-beingの体現そのものです。舞台がどこであろうと、天候がどうあろうと、自ら定めた目標に向かってパドルを振り続ける。その揺るぎない意志がある限り、彼の旅に終わりはありません。
(編集長 仲島修平)

本気で世界に挑戦する社員の自己実現を支援し、挑戦を通じた周囲への刺激や相互の成長によって、社員一人ひとりのWell-beingを高めていきます!
『夢支援制度』サイト:https://dream-support-program.willgroup.co.jp/
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岡村さん
素敵なお話をありがとうございました。
岡村さんの夢が実現する姿をこれからも届けていきます!
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バドミントンと同じサイズのフィールドで、穴の空いたプラスチック製のボールを「パドル」と呼ばれるラケットで打ち合う。
ネット際で繰り広げられる、非常に速いテンポのボレーの打ち合いは “ファイヤーファイト”と称され、相手の足元に繊細に落とすショットは”ディンク”と呼ばれ、相手のミスを誘う。
戦略性が勝敗を分けるチェスのような心理戦が展開されるのがピックルボールだ。<写真左下が岡村>