2021.02.08
+34

美しさとゴミの山。どちらを未来に残すのか?

twitter facebook hatena
鳥谷部大樹  2020年3月、住み慣れた東京から家族5人で沖縄県久米島に移住しました。サトウキビとパイナップル畑、バナナの木に囲まれた自宅オフィスから、well-being(幸せ)についての研究とワークショップ、幹部向けパーソナルコーチング、コーチングトレーニングをしています。

これまで個人と人材開発部のページで久米島の美しい海の写真を投稿してきました。

今回の記事は、美しさと隣合わせるゴミにあふれた浜辺で清掃活動を行った話です。

僕はこの経験で、環境問題への関心が以前よりぐっと強くなりました。

ウィルグループも、企業活動を通じて環境問題に取り組むことを発信していますね。

 

 

 

 

私たち社員は環境問題に対して(微力であっても)何ができるのか、

僕が経験から学び感じたことを、みなさんと分かち合いたいと思います。

楽園も、500メートル離れるとゴミの山だった

ここは僕の大好きな海岸のひとつです。

清掃活動のランチ休憩で訪れたときは、こんな様子です。

そして、夏場、子供たちはここの海で伸び伸びと遊びます。

目に見えにくい、海中のゴミやマイクロプラスチックの存在は別として、

浜辺にはほとんどゴミが落ちていないのです。

 

ところがです。

僕が清掃活動をしている海岸とは、

ビーチベッドを広げる場所を探すのも困るほどのゴミの山。

(広げたいとも思えない)

ランチを食べたのは上の写真の堤防の向こう側です。

その距離、およそ500メートルもないくらいでしょうか、

楽園からたった500メートルの距離には心苦しい現実がありました。

回収したゴミはペットボトルだけでも6000本

清掃活動は、9時~16時の間で行いました。

参加したのは小学生からおじいちゃんおばあちゃんまでおよそ40人。

拾う人、運ぶ人、分別する人に分かれて、

200メートルほどの浜からゴミを一掃することを目指します。

 

拾う人は、とにかく、手あたり次第、ゴミ袋にゴミを集め続けます。

ゴミ袋がいっぱいになったら、それを運ぶ人に預けます。

 

運ぶ人は、重たい袋を引きずりながら浜辺をよたよたと歩き、

堤防の上にまで担ぎ上げ、一度ビニールシートの上にまき散らします。

そして、拾う人のもとへ袋を返しに行き、次の袋を受け取ります。

 

分別する人は、まき散らされたゴミを手作業で回収品目ごとに分けます。

1日でのゴミの回収量は、ペットボトルだけでおよそ6000本。

他にも、発泡スチロールやビン・カン、医療機器や漁具、不法投棄されたテレビやタイヤ。

何トンにも及ぶゴミが、人の手によってコツコツと集められ、引き上げられました。

しかし、それは全体量の一部でしかありません。

もともと掃除手つかずになっていたエリアゆえに、その量は膨大。

なかには、ゴミの上に植物はつたを伸ばし、植物に埋もれたゴミもあります。

劣化したプラスチックは細かく砕けてマイクロプラスチックとして砂に紛れています。

 

たしかにきれいになったように見えるのは手ごたえです。

40人で力を合わせてこれだけのことができたことは希望です。

しかし、本質、自然環境の掃除とは、終わりなき旅なんだと痛感しました。

ゴミは、捨てられるし、流れてくるし、飛ばされてくるし、

見えないところにもゴミは堆積し続けていくし。

自分たちが生み出している現実を前に、無力感でいっぱいでした。

ペットボトルは、どこからやってきたのか?

回収と同時に、専門家による分析も進められました。

ペットボトルを、ラベルの言語やバーコードから国別に分類し、

久米島にはいったいどこからの流入が多いのかを調べるのです。

無作為に選んだ400本を検証した結果、その90%は中国のものだったようです。

ここには反応的・感情的になる人もいるかと思いますが、専門家の先生はこう言います。

 

「たしかにここには中国のゴミが多く流れてくるが、中国を非難するべからず、

ハワイの海岸で清掃をすると日本のゴミが圧倒的に多いというデータがあります。」

 

私たち日本人も、自国のゴミを他国の人々に拾わせているのですね。

 

こんな研究も教えていただきました。

久米島の道端で捨てられたゴミはどこへ行くのだろう?という研究です。

ペットボトルに携帯電話を入れてGPSで追跡ができるようにします。

3機のうち1機は行方がわからなくなったそうですが、

2機は、さまざまなところを漂いながら、10日後には宮古島の同じ海岸に

他のゴミと一緒に流れ着いたそうです。

 

私たちは、国民同士、お互いのゴミを拾い合ってもいるのですね。

 

海はあまりにも大きいから、海によって私たちは隔てられている気がしますが、

実際は、海によって私たちはつながっています。

必ず自分たちの行動がどこかに影響を与えるというシステムの中に生きていることを、

海とゴミの問題は、あまりにもわかりやすく教えてくれている気がしました。

このシステムのなかで、私たちに今日から何ができるのだろうか?

みなさん海岸清掃をしましょう!ということではなく、

まずはひとりひとりが、地球からゴミを減らすために、

自分のできる範囲での小さなアクションを大切にするということが、

とても大切なことなのではないかと思ったのです。

どのゴミも、名前は書かれていないものの、誰かの所有物のひとつだったはずです。

誰かとは、私たちひとりひとりです。

私たちひとりひとりが、ゴミを増やさないように努めることが、

地球からゴミを減らすための、微力ながらも、進歩だと思うのです。

 

専門家の先生は「区別」の重要性を教えてくれました。

なぜ、ゴミから漁具(漁のために使うブイやウキや仕掛けなど)を拾い出すのか、

それは具体的な個数を示し、漁業関係者への啓発をするためだそうです。

一般の人がどれだけ努力しても、漁具のゴミを減らすことはできない。

そこは漁業関係者に努めてもらうほかないのです。

言い換えれば、一般の人が努めることは、自分の生活範囲で行える何かです。

 

我が家は、たとえば、地球からゴミを減らすために、

何年か前からペットボトル飲料にNoという態度をとることから始めました。

とにかく手に入れやすいペットボトル飲料ですが、飲み終わればゴミです。

ゴミとなったペットボトルが、ただちに環境問題を引き起こすということにはならないでしょうが、

どこかで風に吹かれて、飛ばされて、川や海に流れていくかもしれません。

その可能性を最小限にするためにも、自分たちができることをやろうということで、

ペットボトルには極力No、替わりにマイボトルを持つことに変えました。

このあたりは子供たちも自分たちの習慣としています。

 

また、簡単にものを買い替えないということも考えるようになりました。

私たちは、古くなれば・壊れれば・失くせば・新しいものが出れば・臨時収入があれば、

とにかくものを買い替えて生きてきたように思います。

かわってそこにゴミ扱いされる(まだ使えるかもしれない)ものが生まれます。

あるもので工夫して何とかするという生活も悪くないし(というか楽しいし)、

ものを大事にして愛着あるものと生きる暮らしはとても豊かな生き方のように思うのです。

 

私たちは、

美しさとゴミの山。

どちらを未来に残すのか?

+34


twitter facebook hatena

この記事を書いたレポーター

鳥谷部大樹 
2020年3月、住み慣れた東京から家族5人で沖縄県久米島に移住しました。サトウキビとパイナップル畑、バナナの木に囲まれた自宅オフィスから、well-being(幸せ)についての研究とワークショップ、幹部向けパーソナルコーチング、コーチングトレーニングをしています。

このレポーターの記事

もっと見る